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ジャーナリスト齋藤浩之氏、フォードを語る(4)

更新日:2022年9月7日

今は亡きフォードジャパンリミテッドが発行していたオーナー向け会報誌「FORD TIMES」に掲載されていたCGTVでお馴染みの齋藤浩之氏のコラムをご紹介します。

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フォーカスを買うことにした。


 そこへ晴天の霹靂。フォードが日本市場から撤退することになったというではないか。広報用車両もすべて任を解かれることになるという。そういうことなら、長期使用報告もそこでやめてしまえばいい、という考え方もある。導入から半年しか経っていなくても、短時間での試乗ではわからないことを知りえて報告できたのだから。でも、何か釈然としない気持ちが胸にわだかまった。今年12月末をもって撤退完了というのなら、せめてそこまで、状況の推移を追って報告を続けるべきではないのか。そういう思いが消えなかった。

 僕は、縁というものを無視できない性分なのか、これもまた何かの縁ではないかと思うようになった。家人に相談したら、思うようにしていいという。これまでも、そうやって生きてきたのだからと。つまり、自分で自家用に引き取ってしまうということだ。いま持っている自分専用の1台は放出しなければならないけれど、それもまた縁。僕は買ったクルマは10年以上保持する。これまでに自家用として持ったクルマは、13年、13年、11年、そしていま手元にある2台がともに13年。ということは、いまここでフォーカスを引き取ると、自分が70歳近くになるまで保有し続けることになる可能性が高い。ひょっとしたら、人生最後のクルマになるかもしれない。それでもいいのか? と自問しても、答えは変わらなかった。フォーカスを引き取ってともに暮らそう。そうすれば、12月のフォード撤退のその日まで、誌面での報告も続けられる。


 いま、クルマのある生活を送っているほとんど総ての人が、フォードの成した偉業の恩恵に与っている。それまでごくごく一部の特権富裕層のものでしかなかった自動車を、誰もが買えて誰もが運転できるものにしたのは、T型フォードを送り出して世界を変えたフォードである。以来長きにわたって分け隔てなく人のパーソナル・モビリティを請け負い、保証してきたのがフォードである。フォードがなければ、“自動車のある生活”は、いま在るようなものにはならなかったかもしれない。フォードのクルマに乗っていなくとも、フォードの作った世界に生きているのである。

 そのフォードが100年を超える長きにわたって足場を絶やさなかったこの国から去っていく。寂しくないといえば嘘になる。でも、フォードがなくなるわけではないし、フォードのクルマが目の前からなくなるわけでもない。日本から撤退しても、フォードはこれからも変わらずにずっと、人のモビリティを請け負い続けていくことだろう。いまこの時期に、フォードのクルマを手にすることに、不思議なほど不安を覚えないのは、フォードがそういう会社だと思えるからだろうか。

 イタリア車と日本車を乗りついだ僕のところへ、フォードがやってくる。


(了)

齋藤 浩之(さいとう ひろゆき) ENGINE 編集部 副編集長。仙台で大学を卒業後、上京。自動車専門誌『カーグラフィック』の編集部に職を得る。以後、自動車雑誌編集部を渡り歩き、『ナビ』、『カーマガジン』、『オートエクスプレス』、『オートカー・ジャパン』などを経ていまにいたる。現在は『エンジン』編集部在籍。まもなく54歳。



 
 
 

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