ジャーナリスト齋藤浩之氏、フォードを語る(3)
- EuroFordMeetingJP
- 2022年8月27日
- 読了時間: 4分
更新日:2022年9月7日
今は亡きフォードジャパンリミテッドが発行していたオーナー向け会報誌「FORD TIMES」に掲載されていたCGTVでお馴染みの齋藤浩之氏のコラムをご紹介します。

僕はフィエスタに乗ることになった。
初代フォーカスはそれはそれは鮮やかなクルマだった。誰にでも滑らかに運転できて、しかも懐が異様なほどに深い。ヴィークル・ダイナミクスの領域で、これほどまでに1車が他を出し抜いた時代というのはそうそうあるものではない。その方面では専門家から一目置かれる存在だった当時のルノーのクルマでさえも、シャシー性能を総合的に見ると、フォーカスには敵わなかったのである。
フォードのそうしたシャシーの仕立て方は、その後ずっと一貫している。それはパッと乗って特別な印象を残すものではない。どちらかといえば穏やかな、過敏な動きを封じ込んだ動き方をするものだ。とりわけ乗り心地が柔らかくて身体がとろけてしまいそうな印象を残すこともない。特徴がないといえばない、地味な印象を与えるものかもしれない。けれど、腕に覚えのある人間が、クルマの持てる能力を根こそぎ引き出すような走らせ方をすれば、その総合的な性能の高さに舌を巻くことになる。そういう種類の高性能だ。これ見よがしなところがないのである。誰が運転しても、どこを運転しても、無用なストレスを覚えさせることなく走る。ちょっと試乗しただけでは気づかない、懐の深さが、フォードのクルマの真骨頂なのだと、僕は思う。
僕がいま在籍している自動車雑誌の『ENGINE』では、国内外の自動車メーカーにお願いして、これはと思うクルマを半年とか1年の長期でお借りして、短い試乗ではわからないようなことを随時報告していくページを続けている。縁あって、フォードの現行フィエスタ1.0エコブーストに1年ほど乗るチャンスが巡ってきて、ともに暮らし、改めて、フォードの良さを認識しなおすことになった。
1Lのターボ過給エンジンの出来栄えが何より印象的で、エンジンのダウンサイジングの潮流をリードする優れたユニットというしかない。デュアルクラッチ式の6段自動MTの完成度も高い。けれど、このフィエスタが内外を問わずクラス・ベストの1台だと思うのは、やはり、それがフォードならではのクルマだからだ。身体に無理をかけない運転環境の素晴らしさは、上のクラスのクルマでもなかなか見つからないようなものだ。両の脚を左右対称にゆったりと置くスペースが確保され、ステアリングホイールもドライバーの真正面にくる。シートもしっかりしている。
走らせてもそれはフォードだ。余裕綽々の動力性能を支えるべく、脚は相応に少し締めてあり、けっして柔らかくはない。でも、全体の動きは大らかで、長時間、長距離を走らせても、身体がさほど疲れない。ステアリングはいつものように適切なギア比が選ばれていて、自由にクルマの動きを司ることができるものに仕立てられている。ステアリングのパワーアシストは電子制御の電動式だが、油圧式と変わらぬ自然な感触が得られるし、油圧式ではできないような、横風対応の補正プログラムまで組み込まれていたりする。ボディ形状が優れていることもあるだろうが、そうした細やかな配慮まで忍ばせてあるからこそ、ちょっとやそっとの横風にはビクともしない安定性の高さが実現できているのだろう。なりは小さくても、その高速安定性の高さは、はるかに大きなクルマに匹敵する。
そんなフィエスタに、後ろ髪を引かれるような思いで別れを告げた後に乗ることになったのが、フォーカスだ。フィエスタがあまりにデキがよかったところへ、マイナーチェンジして心臓を刷新したフォーカスがこれまたデキがいいと知って、ふたたびフォード・ジャパンにお願いして、借用させていただくことになった。長期借用車がなくても僕は生活に困らないし、仕事にも困らない。家には乗用車が2台、僕専用の1台と家族用の1台がある。たとえそれがなくても、毎月毎月何台も新型車を借り出して取材することの連続だから、結局は3台クルマがあるのと同じようなもので、しまいには自分専用の個人所有車は乗る暇もなくなって、駐車場で惰眠を貪ることになったりする。それでも手放さないのは、買って所有することをやめてしまったら、買う人の気持ちを忘れてしまうからだ。
それはそうと、編集部へやってきた新型フォーカスは、期待どおりの素晴らしいクルマだった。それが証拠にやってくるなりひっぱりだこになって、あっと言う間に数千kmを走ってしまう人気者となった。長距離を走らせて疲れないのである。
齋藤 浩之(さいとう ひろゆき) ENGINE 編集部 副編集長。仙台で大学を卒業後、上京。自動車専門誌『カーグラフィック』の編集部に職を得る。以後、自動車雑誌編集部を渡り歩き、『ナビ』、『カーマガジン』、『オートエクスプレス』、『オートカー・ジャパン』などを経ていまにいたる。現在は『エンジン』編集部在籍。まもなく54歳。
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